2006年07月07日
クシシュトフ・ヤヴォンスキー/ピアノリサイタル 3
今回のプログラム全16曲の曲目解説は、私なりに少しずつご紹介してみたいと思います。
このコンサートをブログに書いていますが
”行きたかった・・・・・”
と思っている方がいらっしゃいましたらどうか安心して下さい☆
近日中に、ライブ録音としてCDが発売されます♪
私も是非、購入しようと思っています。
アンコールの3曲は収録されないかもしれませんが、この16曲だけでも充分な内容ですよね。
アンコールに応える際、ヤヴォンスキ氏が見せて下さったジェスチャーがとても印象的でした。
今後のコンサートで私も取り入れてみたいです^^
又、演奏の合間の集中力。
これは本当に素晴らしかったです。
わずかな曲間に、お客様の咳や動作の音。
又、携帯電話の音も鳴っていたことには正直、同じ日本人の聴衆として恥ずかしく、腹立たしくありました。
それでも、何も起きていないように集中し、見事な演奏の連続。
これが世界のショパンだ!!!
っと心から思いました。
今回、コンサート以外にいくつかのレッスンがあった事を伺いました。
次回、チャンスがありましたら、私も是非レッスンを受けてみたいです。
留学という方法も考えていないわけではありませんが、いろいろな条件をクリアするには難かしい壁もあり・・・
でも日本でレッスンが受けられるなら、その為の努力は惜しまずに頑張りたいです。
頂いたサインは全部で3点☆
うち2枚には”To YOKO”を入れて頂く事ができたんです!
K地さん、ご多忙な中のお心遣い、本当に感謝しています。
このサイン入り楽譜で、今年の夏は大いに充電(レッスン)しようと思います♪
2006年07月06日
クシシュトフ・ヤヴォンスキー/ピアノリサイタル 2

1965年ポーランドのブラツワフに生まれたクシシュトフ・ヤヴォンスキー氏。
6歳よりピアノをはじめ、最初の演奏会は12歳の時オーケストラとの共演。その後ポーランドで開催された数々のピアノコンクールで第1位に入賞。
そして1985年第11回ショパン国際ピアノ・コンクールにて第3位入賞します。
プロフィールとは、履歴書のようなもので、読んでいるだけで頭がくらくらしてしまうので、私はあまり読みませんが、その分、演奏を集中して聴きます。
”百聞は一見にしかず♪”
っというのは、あまり本を読まない私の最大の言い訳です^^;
【プログラム】
F・ショパン
・ノクターン第20番 嬰ハ長調
・幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66
・前奏曲 変ニ長調 Op.28-15 «雨だれ»
・スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
・ノクターン第13番 ハ短調 Op.48-1
・練習曲 ハ短調 Op.10-12 «革命»
・ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53 «英雄»
・前奏曲 ホ短調 Op.28-4
・練習曲 ホ長調 Op.10-3 «別れの曲»
・ワルツ第7番 嬰ハ短調 Op.64-2
・ノクターン第19番 ホ短調 Op.72-1
・ワルツ第3番 イ短調 Op.34-2
・ワルツ第19番 イ短調 遺作
・練習曲 ロ短調 Op.25-10
・バラード第1番 ト短調 Op.23
・アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
+アンコール3曲。
約2時間の演奏中、私がとにかく驚きましたのは、完璧な技術でした。
今回、小品も多いプログラムですが、それでも難易度は高く、また10分を越える作品は、かなりの集中力が必要とされます。
それなのに!
ミスタッチはわずかに3つ。
その3つも、本当に”惜っしい・・・・・・”
という本当にもったいないものでした。
ノンミスの連続に、ただただため息と感動の連続でした☆
~続く~
2006年07月05日
クシシュトフ・ヤヴォンスキー/ピアノリサイタル 1
待ちに待ったクシシュトフ・ヤヴォンスキー/ピアノリサイタル
行って参りました!
通常のレッスンを午前中からの前倒しにしたものの、ホールに着いたのは実に開演2分前(汗)
空腹をこらえてそのまま会場に入りました。
かなりのお客様がいらして、予定より5分遅れの開演となったコンサート。
オールショパンプログラム 16曲。
(詳細は少しずつレポートします♪)
私はこれまでのピアノコンサートの中で最も衝撃を受けました。
言葉で表現するには難かしいのですが、
”ピアノってこうやって弾くんだ!”
という事が分かったんです。
そしてさらに、ピアノってこんなに小さかったのかな?
と思うほど、ヤヴォンスキー氏の存在が大きく見えました。
このコンサートに行こうと決めてから、同じ内容の曲目を自分なりに稽古してきましたが、
”全て勉強し直して見よう”
と思いました。
その上で、ずっと弾いてゆきたいんです。
あっという間の2時間。。。
アンコール3曲も充分酔いしれて幕を閉じました。
その後!
なんとCDのサイン会があったんです。
当初、一緒に行くお友達の都合も考えて、すぐに帰ろうと思っていたのですが、あまりに感激しハイテンションになった私は、お友達を説得して楽屋裏へ^^
サイン会には長蛇の列・・・
これは時間がかかる。。。
と思いながらも、サイン会の様子だけでも、としばらく見とれていたんです。
そうこうしているうちに、
”やっぱりサインが欲しいし、写真も撮ってみたい☆”
という欲に押されて、なんと一番最後にサインを頂きました。

事前に教えて頂いたつたない英会話から、写真もOKを頂く事ができたんです!
早速、携帯の待ち受け画面となりました^^
サインを一番最後まで待って分かった事は。。。
人生、待てば待つほど幸せになれる、というか感激はひとしお☆
初回は、ちょっとミーハーなレポートになってしまいましたが、これが私の素なんです^^;
明日からは、このコンサートがどれほど素晴らしかったかをお伝えして参ります♪
2006年03月22日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第3楽章>
王JAPAN、世界一、おめでとうございます!!!
昨日は、レッスンの合間に気になって、何度もテレビの元へ^^;
両親にも、
”今日は集中してないんじゃない?”
と言われてしまいつつ、応援してしまいました。
キューバと言えば、音楽と野球の国です。
とても強いと聞いていたので、心配でした。
かなり長い試合でしたが、圧勝!
感動しました☆
荒川選手、そして王JAPANにあやかって、Kasaiも頑張ります♪
ショパンのピアノ協奏曲の解説もいよいよ最終楽章になりました。
”ショパンの初恋”
が形となった<第2楽章>
から、大きく息をすって、ピアノの合図で<第3楽章>は始まります。
この第3楽章は、ピアノとオーケストラの掛け合いが楽しく、ポーランドならではのリズムを感じます。
その反面、技術的にも難かしく、速い動きの連続は
まるでスピードスケートのラスト(くるくる加速して回る回転)のようです。
言い換えるなら<レベル4>の連続です。
練習を始めたばかりの時は、あまりの速さに、指と目が追いつかず、本当に目が回りそうでしたが、次第に慣れ、今は確実に弾けるよう、稽古を詰めています。
壮大なアルペジオと、繰り返される転調が、楽曲を盛り上げます。
そして、ヘ短調でありますこのコンチェルトのフィナーレは同主調(同じ音から始まる反対の調、という意味です。短調の反対は”長調”ですね♪)のヘ長調となります。
ホルンによる、ファンファーレのようなフレーズから、ピアノでは88の鍵盤上を、10本の指が3連符と共にくるくる回ります。
”レベル4”を繰り返しながら、ラストは低音から4オクターブに渡るスケール。
最高音のF(ファ)まで昇ります。
ここまで、オーケストラと息の合った、美しく、切なく、時に楽しく演奏できますよう、残された毎日を頑張ります。
例年よりも早い桜の開花になりました。
桜が咲くと、雨も降ってしまいますが、当日はお天気も良く、そして満開でありますように☆
2006年03月18日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第1楽章> ②
ブログにリンクしています”YOKOの日記”
なんと一ヵ月も更新していませんでした(汗)
いつの間にか、そんなに日にちが経っていたんですね・・・
なんだか反省してしまいます。。。
それでも、毎日少しずつアクセス頂いていた事にびっくりしました。
久しぶりに更新しましたので、こちらも宜しくお願い致しますm_m
今日は、ピアノ協奏曲についての続きと、今回のようなコンサートを聴くポイントを書いてみようと思います。
15分以上の大きな作品
ソナタや協奏曲、又は交響曲では、いくつかの楽章に別れていますが、楽章全てで1つの作品になります。
ですので、時々
”拍手のタイミング”
が分からない事、ありませんか?
今回のピアノ協奏曲は、3つの楽章から成ります。
第1楽章は約13分40秒
その後、ほんの少し<間>を取り、
続く第2楽章は約8分50秒
から第3楽章約12分
この最後が拍手のタイミングです。
ですので、第1楽章のあと<間>がありますが、この時は拍手をしません。
コンサート会場では、少し動きある音がしますね。
第3楽章の終わりは、オーケストラ、ピアノ共に最大に盛り上がりますので、そのタイミングは大丈夫と思います^^
オペラや、コンクールのガラコンサートでは
”カーテンコール”
と言って、演奏者が舞台を何度も出たり入ったりします。
鳴り止まない拍手に応えて、ご挨拶を繰り返すんですね。
私もそのようなコンサートの時は、その素晴らしい奏者に
”帰らないで・・・
もう1曲聴きたい☆”
と思うのです。
今年の1月、横浜みなとみらいホールでの
第15回ショパン国際コンクール受賞者演奏会では、スタンディングも多く、私も手が熱くなるまで拍手をしました。
”今日、このコンサートへ来て本当に良かった♪”
と思いました。
これまでのソロコンサートは、10~18曲のプログラムによって1時間から1時間半という内容でした。
今回、1曲で”35分”
は、本当に長いです。
残りの10日は、いかに集中力を高める事ができるか、という事が大きな課題になっています。
コンサートの開始は18:30ですが、私の出番は
19:00少し前の予定です。
私はピアノを弾く事よりも、弾く出番を待つほうが緊張します。。。

大きなしゃもじですよね。
今回のピアノ協奏曲も、こんな感じです。
2006年03月17日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第1楽章>
舞台にはオーケストラ。
その中を、指揮者とソリストが入場します。
全体が静かになり・・・
Maestoso(♪=138)
ッ・ファラ~シド~~~
ヴァイオリンとヴィオラにより、第一楽章は始まります。
5小節目、フォルテ(強く:という意味です)によるのトゥッティー(全員で演奏する:という意味です)で、オーケストラ全体がホールに響きます。
その後、静かに弦楽器が流れ、メロディーは管楽器に移ります。
オーボエ・ファゴットとクラリネット。
そしてフルートへと続きます。
再び弦楽器へと移り、約2分20秒の間オーケストラによる演奏の後、フルートとクラリネットによる美しいフレーズを聴いて・・・
ピアノが始まります。
堂々と、そして少し悲しいメロディーから、ショパンの世界に入ります。
第一楽章は、大きく分けて3つ。
その3つの中には、いくつものドラマがあり、演奏していて、大曲の奥深さを感じます。
先にブログで書きました<第2楽章>とは違い、
<第1楽章>は、美しさの中に、切なさと、やりきれない思いを感じます。
余談になりますが、コンサートを控えた今週、いくつものお問い合わせを頂きました。
私がお手紙をしましたお返事も含まれますが、いくつか、非常に心苦しい内容があり、考えさせられました。
私は、本当にピアノ中心の毎日ですが、人並みのプライベートを持ちたいと思っています。
ですが、
”笠井さんは普通の女性と違って、いつも忙しく大変そうですが、そこまでするのは何故ですか?”
”笠井さんは、ピアノ中心の生活をされていますが、個人的なお付き合いはできるのでしょうか?”
”プライベートよりも、仕事をしている方が向いていて(仕事を優先されていて)、結婚には向かないですよね”
というような内容のメールやお電話を頂く事もあるんです。
正直、とても傷つきますが、そう思わせる要素があることは認めなくてはいけないように思います。
ですが、誤解して頂きたくないのは、私はお誘いがあれば、なるべく調整してお断りすることのないようにお付き合いしています。
ライブのご案内があれば、飛行機で小樽へ行きますし、
一緒に厄除けに行かない?と誘われれば、広島へも行きます。

いつもなら会えない方から”今日なら大丈夫ですよ”というメールを頂いたら、時間に間に合うよう、タクシーを飛ばして会いに行くこともあるんです。
飲み会の幹事も、数えられないくらいしましたし、お花見や、学生のコンクールも応援に行きます。
ですので、実際にお誘いもなく、そのように思われている事がとても悲しく、コンサートを前にしている事もあり、眠れない夜もありました。
私は”忙しい”という言葉は逃げ文句と思っておりますので、なるべく使わないようにしています。
実際、私の周りには、私よりずっと遅くまでお仕事されている方が多く、私は逆に励まされています。
幼少の頃より尊敬していましたバレリーナの森下洋子さん。
随分前の番組で、毎日のレッスン風景や、本番までのドキュメントを放送していました。
その中で
”私、大変そうに見えますか?見ていて辛そうですか?”
と、森下洋子さんが逆に質問していました。
”私はバレエがあっての人生です。今日よりも明日、もっと素敵に表現できたら、と思いながら今日まで続けてきました。そしてこれからも、ずっと踊り続けていきたいんです”
とのお話に、私は深く感動しました。
本当に同じ気持ちです。
昨日よりも今日、もっとピアノが上手くなれたら。
もっと綺麗な音が出せたら。
その音が聴いて下さる全てのお客様の心に届きますように・・・
と思っています。
25歳から音楽を選んだ私は、プライベートな時間と、同世代の方のような裕福な収入はありません。
ですので、オシャレや、お化粧は、ごく普通で、自分から飲みに行く事は殆どありません。
勿論、タバコもしませんし、ブランド品が欲しいとも思いません。
ただ、音楽を続けていきたいだけなんです。
このようなお話をする機会は殆どなく、言葉足りない私は、やはり誤解を与えてしまうのかもしれません。
ですが、このような指摘に、やるせなさを感じました。
余談の方が長くなってしまいましたが、<第1楽章>では、ショパンの作品による美しさ以外に、そのような感情も含めて表現していきたいと思います。
2006年03月15日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第1楽章> の前に・・・

昨日はホワイトデー♪
久しぶりのお便りをたくさん頂き、とっても嬉しかったです。
私は、たくさんの素敵な女性との出会いに恵まれているな☆という実感があり、幸せに思いました。
今月は毎日ブログの更新を!と思いながら、ここに来て、時間の不足を痛感しております。
写真は、月曜日のレッスン帰りに、ちょぴり伺いました某テレビ局フロアのオブジェです。
私も今、こんな感じです・・・
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第1楽章>への前に、今日は皆様へのご報告を♪
トップページでも更新しましたが、今回のコンサート、特別割引のご案内です。
気温の差が大きい毎日ですが、皆様お元気ですか?
梅の花も咲き、桜の開花も足音が聞こえて来ました。
私は生まれて初めてのオーケストラとのピアノ協奏曲に向けて、約2ヶ月間、準備をして参りましたが、本当にあっという間でしたし、毎日が60時間あれば・・・とすら思っていました。
それでもいよいよ2週間後となり、心も身体も、引き締めて行こう!と思っております。
コンサートへのお問い合わせ、又応援メッセージ、そしてチケットのお申し込み、本当にありがとうございます。
今回のような海外の一流オーケストラの公演は通常6000円以上のチケットになりますが、このような特別なコンサートという事で、全自由席¥3000となっておりました。これまで応援・ご協力頂きました感謝の気持ちを込めて、Kasai特別割引を期間限定でご用意致しました。当日はこのような割引ができませんので、チケットは予め郵送させて頂きます。
・小学生・中学生:2000円
・高校生・大学生:2500円+グループ割引
(5名様~のお申し込みで、更に200円ずつ割引させて頂きます)
・親子チケット<小学校入学前のお子様とご家族1名>:3800円
実施は、本日3月14日より、3月22日お申し込みとさせて頂きます。
今日まで音楽を続ける事が出来ました事は、皆様の応援とご協力あっての事と、幸せに思っております。心より御礼申し上げますと同時に、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
品川きゅりあんにて、笑顔でお会いできますように♪
YOKO Kasai
2006年03月12日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21<第2楽章>
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21
は、第1番よりも先に書かれた作品ですが、発表と出版が後になったため
【2番】となっています。
ですが、事実上、【1番】なんですね。
この曲の作曲動機について、私は最近、ある資料を見て胸を打たれました。
それは、ショパンがある友人に当てた手紙から。。。
”私はとても悲しいです。
なぜなら理想の恋を発見したから・・・
この半年、毎晩彼女の夢をみるけれど、私は一言も口をきいていない。
彼女の事を思っているうちに、私は私の協奏曲のアダージョを書きました”
昨日のブログにも書きましたが、
ワルシャワ音楽院の声楽科の生徒”コンスタンツイア・グワドフスカ”
ショパンの初恋といわれています。
彼女を思い懐かしみ・・・
この経験がショパンの作品に影響して
ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21 第2楽章 アダーショ
が生まれました。
この第2番との”出会い”について、やはりブログで書きましたが、私はこのコンチェルトに出会ってまず、
”2楽章”から弾きはじめたんですね。
そんな事もあって、ショパンの手紙には、グッと胸を打たれました。
募る思いとは裏腹に、半年の間一言も口をきけない悲しさ。切なさ。
私もそんな恋をしていたので、本当によく分かります。
この<第2楽章>は、
オーケストラによる5小節のゆっくりした問いかけに、低音から3連譜でピアノが応えます。
それはまるで、自分の想いを語りかけるかのように、ゆっくりと、優しく響きます。
そのゆったりとしたメロディーには、詩をつけて、歌曲にしても美しい魅力を兼ね備えていると私は思います。
以前、同じショパンのノクターン(夜想曲)にも詩をつけましたが、今回も、実は既に詩が進んでいます。
完成しましたら、ご紹介したいと思います。
この問いかけるようなメロディーに、更に美しい”装飾音符”がその切ない想いを表現しています。
私は今回、この”装飾音符”を本番の緊張感の中で、どれだけ美しく弾けるかを、毎日レッスンしています。
美しいメロディーにうっとりしながら雲行きは怪しく・・・
やがて激しい動きに移ります。
それはまるで
”ああ!どうして分かってくれないの!僕はこのままどうしたらいいんだろうか・・・誰か助けて下さい!答えを教えて下さい!”
とでも言うような不安と、やるせなさと、絶望感・・・といった思いが感じられます。
”ああ・・・こんなに辛い思いをするなら、もう諦めてしまった方が・・・”
というような揺れ動く気持ちが、旋律となり
やがて再び美しい装飾音符へ移ります。
次の2小節
オーケストラはなく、ピアノソロでのこの2小節。
どうか息を止めて聴いて下さい。
私が今回のコンチェルトで、一番聴いて頂きたいところです。
この2小節を聴いて、Kasaiの弾くショパンが好きになって頂けたら
又、Kasai本人を、もっと理解して頂けたらいいな、と思います。
これまで
”パワフルなKasai”
”元気すぎるKasai”
”どちらかというと、ベートーヴェンや、ガーシュインのような力強いピアノを弾くのが似合っているKasai”
と思われがちでしたが、そうではない
”本当の、ありのままのKasai”
を知って
~本当はそうだったんだ。。。~
と思って頂けたなら、とても嬉しいです。
そんな2小節の後、再び主題へ戻ります。
始めより、もっと甘く、もっと切なく。
彼女への想いを表現しているように感じます。
それでも徐々に、
”もう、諦めて、素敵な思い出にします。。。”
というような落ち着きを現す
<3度と4度>
の進行から、オーケストラの冒頭に帰ります。
そして最後はピアノ。
一番低いAsから高いAsまでの3オクターブをゆっくりと、3連譜で昇ります。
甘く、切ない想いに余韻を残しながら・・・
2006年03月11日
ショパンのピアノ協奏曲
6歳でピアノのレッスンをはじめ
7歳で初めての作曲を試み(ポロネーズ第11番ト短調)
8歳でワルシャワ慈善協会の晩餐会にて、初めて公式演奏をたショパンは
少なくとも10代の後半で、きわめて伝統的な作曲技法の体得と共に、生涯のピアノ書法の基本的なパターン(ピアノの文法のようなもの)と、ショパン独自の個性的な和声法をすでに開発し、発見してしまったと思われています。
20歳の時に、愛する故郷ワルシャワと決別する事になりますが、その直前に書かれたのが
【ピアノ協奏曲第1番 ホ短調】です。
相次いで書かれたこの2つのコンチェルトの中には、ショパンがその生涯に生み出したさまざまな作品の全ての因子が集約されています。
♪例えば
・バラード
・ノクターン
・スケルツォ
そしてエチュード など・・・
ですので、ショパンのピアノ協奏曲を演奏するという事は、ショパンの作品全てを理解する必要があります。
私自身、毎日のレッスンの始まり数時間は、コンチェルトではなく、
・ショパン:エチュードを3~5曲
・モーツアルト:作品より
など、指の動きと、表現力に必要ないくつかの曲目を練習しています。
むしろ、毎日自分の欠点が見えて、その都度、練習量は増えているように思います。。。
1829年
ワルシャワ音楽院の声楽科の生徒”コンスタンツイア・グワドフスカ”
これがショパンの初恋といわれています。
彼女をを思い懐かしみ・・・
この経験がショパンの作品に影響して
ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21 第2楽章 アダーショ
及び、
ワルツ 変ニ長調作品70-3
の作曲となっています。
続く・・・
2006年03月09日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21 ~まわり道~
待ちにまった
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21
<ピアノ+弦楽四重奏>
という編成の楽譜。
私はもう、わくわくしていました。
ですがその反面、MUSECICKTAIL Vol5の開催決定が決まらず、悩んでいました。
そんな中、開けた年は2004年。
私はお正月早々、体調を崩し、寝込んでいました。
その時に、ベットの中で聴いていましたのは、
恩師、楊先生のCDでした。
約1年、ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ばかり弾いていた私は、
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
と運命的に出逢う事になりました。
この曲(アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ)は、ショパン:ピアノ協奏曲第2番 を知るきっかけとなりました映画
<戦場のピアニスト>
のエンディングシーンで、ピアノとオーケストラによって華々しく演奏されていました。
”これなら一人で弾ける!”
と知った私は、それまで毎日弾いていた
ショパン:ピアノ協奏曲第2番から
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
へ稽古を転向しました。
そして同時に、近年のピアノコンクールは、最優秀(第一位受賞)になると、オーケストラとの共演がある事を知りました。
この年(2004年)、この<アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ>で久しぶりにピアノコンクールを受け、何とかファイナルまで進みました。
入賞できなかった事は、とても悔しかった・・・
ですが現在、若く才能の在るある方があまりに多い事を知る、よいきっかけとなりました。
2004.11.28
ひまわり音楽教室の全面的サポートにより、大宮ソニックにて2年ぶりに開催されました
MUSECOCKTAIL vol.5
の際に、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズを演奏しました。
このMUSECOCKTAIL vol.5を区切りに、私はソロ活動へ転進する事になりました。
それは・・・
これまで、300人~500人規模のホールで演奏し、お客様にお越し頂くには、私一人では、とても無理でした。ですが、企画・制作と演奏を掛け持つ事の厳しさを充分知った私は、共演者や、お世話になる方々へ、これ以上迷惑をかけてはいけない、という事を理解し、又、自分がきちんと演奏に集中するため、ソロ活動に決めました。
2005年1月
母校であります大宮光陵高校の校内演奏会:ゲストとして
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
を演奏しましたのが、ソロ活動のスタートとなったんです。
この再スタートから、カフェコンサートや、ピアノコンクール、お招き頂きましたコンサートを含め、2005年度は、19本のソロ演奏をしてきました。
その19回目が、
2005.12.12
日比谷:スタインウエイサロン YOKO Kasai ピアノコンサート
でした。
今は2006年ですが、2005年度の締めくくりとして、
YOKO Kasai の再スタートから<20本目のコンサート>として、念願の
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21
をポーランド:クルクフ室内管弦楽団と演奏できます事は、本当に嬉しく、また完全に諦めていた夢が叶う事になりました。
続く♪
2006年03月08日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21 ~公演への道のり~
2003年当時、私の携帯メールアドレスは
【konzret-de-muse@@@@@ドコモ】
~いつかMUSECOCKTAILでピアノ協奏曲を弾けますように・・・~
という願いを込めた意味でした。
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21をさらい始めてから、この気持ちはますます強くなり、どうしたらこの願いが叶うのか、真剣に考えたり、相談したりしていました。
オーケストラとの共演には、なんといってもお金が必要です。
最低200万円。
指揮者の方を含めたら300万円以上。
これにホール代や、お世話になる方々の人件費や制作費を加えたら・・・
私は一体、何歳まで貯金したら、実現できるの?
というよりも、このままでは実現できない厳しさを思い知ったんです。
そんな時、偶然発見しました1枚のCD。
それはこの
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21が、ピアノとオーケストラ
ではなく、ピアノと弦楽四重奏という編成でした。
ピン!!!
と閃いた私は、すぐに銀座YAMAHAへ。
この楽譜が購入できないものか、お問い合わせに伺ったのです。
調べて頂くこと約30分。
国内では出版されていませんでしたが、海外版であったんです!
ですが、現在、入荷待ち。
”しかも半年近く待つでしょう・・・”
とのお返事でした。
しかも、国内で10部の入荷予定
とのお言葉に、
”私、どうしても欲しいんです”
とお願いし、予約する事ができました。
楽譜が届くまで、ほとんど毎日、テーマ曲のように
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21
を弾いていた私は、2002年8月28日よりストップしていました自主公演、
MUSECOCKTAIL5の開催を心に決め始めていました。
続く♪
2006年03月07日
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21 ~出会い~
中学校3年生の年のお誕生日、同じ吹奏楽部で3年間過ごしたお友達から頂いたプレゼントは
【ショパン:ピアノ協奏曲第1番 作品11】
でした。
全音楽譜出版の青帯6課程
青帯とは”上級者の勉強する楽譜”を現し、5と6があります。
ですので、6は、”難易度6”という最高レベルを現しています。
彼女は、私よりもずっとピアノが上手く、正直、ライバルのような存在でした。
でも、普通高校への進学が決まり、唯一、音楽の高校へ行く私に
”かーこ、いつかこの曲を弾いてね”
とプレゼントしてくれたんです。
※<かーこ>とは、当時の私のニックネームです。→かさいようこ:最初と最後をのばしていたんですね。
その日から2003年1月11日まで、私はこの
【ショパン:ピアノ協奏曲第1番】
が一番好きでした。
この日、名古屋で受けましたコンクールのファイナル曲として、エントリーしていたんです。。。
月日は過ぎて2003年、印象的なテレビCM効果もあり、大ヒットしました映画
<戦場のピアニスト>
覚えてらっしゃいますか?
この映画で一番心に響いたのが
【ショパン:夜想曲第20番嬰ハ短調(1830)遺作】
です。
私自身、この夜想曲は、いくつかのコンサートで演奏しました。
とても切なく、また美しい曲に心を吸い込まれていました。
この曲を、楊先生のレッスンで見て頂いた際に、先生がふと
”この曲のこのフレーズは、ショパンのピアノ協奏曲第2番にあるわよね”
と話されたんです。
しかし!!!
私は、第2番をきちんと聴いた事がありませんでした・・・
帰宅し、すぐに楽譜を取り出し、弾いてみましたのは
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21より
”第2楽章”
からでした。
何故、1楽章からではなく、2楽章から弾き始めたのか、その時は分かりませんでしたが、私は基本的に
<バラード(ゆったりしたきれいな曲)>
が好きなので、難易度の高い”1楽章”や”3楽章”よりも、ゆったりとした美しい”2楽章”から弾き始めたのかな・・・
と自己分析しています。
それが幸いし、私はこの日を境に
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 作品21
の虜になったのです。
続く♪
2006年03月06日
ショパン:2つのピアノ協奏曲
Chopin,Frydeyk Franciszek ショパン フレデリク・フランチシェクは
1810年3月1日
ポーランドのワルシャワ近郊で生まれました。
ポーランドの作曲家として、ピアノ音楽の最高の作曲家です。
4歳のときから,ピアノの手ほどきを受け、6歳のときに、ヴォイチェフ・ジヴニ氏から正式にピアノを習い始めました。
1818年2月24日
ショパンが8歳の時には、ワルシャワでイーロヴェツの協奏曲を弾き、第2のモールアルトと呼ばれ,ポーランド貴族間からもてはやされるようになります。
この頃から即興演奏の才能を示し、作品としても残っています。
数多くの作品については改めますが、2つのピアノ協奏曲を書いたのは、ショパンが20歳前後。
現在
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11
よりも
ピアノ協奏曲第2番 へ短調 作品21
の方が先に書かれています。
ですが、先に出版されたのが
上記 ホ短調 作品11だったため、番号が逆になっているのです。
今も昔も
”売れる作品”
に優先順位が付くのは、ある意味で悲しく、現実は厳しいと言う事がうかがいしれますね。
私自身、2002年までは、
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11
を一番愛していましたが、ある映画によってその順序が入れ替わる事になるとは、全く予想していませんでした・・・
続く。